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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和45年(う)25号 判決 1971年10月16日

本籍

石川県石川郡美川町神幸町ル一九七番地

住所

石川県石川郡美川町字南町ヌ一五六番地

会社代表取締役

浜井伍一

大正九年一月六日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件につき昭和四四年二月二四日金沢地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官宇治宗義関与の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人新崎武外の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点第二点事実誤認の主張について

論旨は、要するに原判示第二の(一)、(二)の事実について

一、被告人の所得と認されたもののうち貸金事業による収入については、石川証券金融株式会社(以下石川証券と略称する。)がその営業により取得したものであるから、同会社が納税義務者であるのに、これをも被告人個人の所得として被告人に対し課税し得る関係にあるものと認定し

二、仮りに前記所得が被告人に帰属するものとしても、前記貸金事業による貸付金には昭和三〇ないし三二年度中に貸倒れとなつたものがあるから、これらの貸付金元本及びこれに対する利息金等を損金として控除したうえ所得金額を認定すべきであるのに、これら貸倒れの事実を認定しなかった原判決は右一、二につき事実を誤認したものであると主張するものである。

よつて、記録を調査し、且つ当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、

一について

まず、原判決が、この争点に対する判断の前提として、その理由中(争点についての判断)二項の(一)において(1)ないし(4)として摘示している諸事実は、所掲の関係各証拠により、当裁判所においてもすべてこれを肯認することができるから、これらの記載をここに引用する。

そこで、右認定事実における石川証券設立の経緯、同会社の組織、営業の実態及び経理上の処理状況等に基いて考察すれば、同会社名義でなされた貸金営業のうち原判決が認定した範囲のもの(同会社の公表帳簿に記載されていた範囲のものが公訴事実から除外されていることは、後記のとおり。)は、被告人個人の収支計算の下に行なわれ、且つこれによる所得も被告人個人に帰属するものであること(〔所得の帰属者の判定基準〕に関する最高裁昭和三三・七・二九判決、同昭和三七・三・一六判決参照)、換言すれば、右事業については、石川証券は単なる名義人に過ぎず、実質的にこれを経営していた者は被告人であることを認めるに十分であるから、実質所得者に対する課税の原則に照し、右貸金事業所得についての納税義務者は被告人であるといわねばならない。したがつて、この点に関する原審の判断は結局相当である。

なお、論旨にかんがみ、その要点に対する当裁判所の見解を付言すれば左記1ないし3のとおりである。

1  所論は、石川証券は課税回避の目的をもつて設立されたものでないことからしても(実質課税の原則は、かかる目的が看取されるような場合にこそ例外的に適用される。)、その法人格は尊重されるべきであるから、同会社名義による営業行為から生じた収益はすべて同会社に帰属するものと認定せらるべきである旨主張するので、考えるに、もともと実質所得者に対する課税の原則は、徴税の便宜のみをその指導理念とするものではなく、課税における公平負担の理念をもその重要な基盤とするものであることに思いを致せば、課税回避の目的で法人が設立されたような場合でなくとも適用される場合のあることは当然であるから、所論はこの点においてすでに前提を欠いているものといわざるを得ないし、また、右の原則は所得の実質的な帰属如何の問題に関するものであるから、この観点から被告人を納税義務者と認定したとしても、このことが、ただちに所論主張の如く石川証券の法人格ないしその行為を否を否認した結果にはならないことに留意すべきである。そうすると、本件においては、なるほど石川証券名義でなされた貸金営業による所得のうち同会社の公表帳簿に記載されたものについては被告人に対する公訴事実から除外され(かかる区別がなされたこと自体も、前記認定の事実関係のもとでは、これを不合理なものとすべき謂はない。)したがつて原判決においても、いわゆる裏帳簿によるもののみが被告人に帰属する所得として認定されているけれども、このことを捉えて、同一の法人の営業活動ないしその収益につき、片やこれを肯定し、片やこれを否認する矛盾を冒したものと批難するのは適切でないというべきである。

2  次に、所論は、昭和精工販売有限会社(以下昭和精工と略称する。)に対する被告人の支配関係は、むしろ石川証券に対するそれよりも強度なものであつたのに、原審が、昭和精工の収入については、簿外預金をも含め、すべて納税義務者は同会社であると認定し、他方、石川証券名義の営業による収入の一部については、被告人を納税義務者と認定したのは不当である旨主張する。しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によつて認められる昭和精工の組織、営業の態様、計算関係等、ことに同会社に関しては、前記石川証券について認定されたような特段の事情は認められないことからすれば、昭和精工については、その営業活動は同会社の収支計算において行なわれており、これによる収益も同会社に帰属するものと認定するのが相当である。そして、所得の帰属についての判定は必ずしも会社財産の保有状況のみにとらわれるべきものではないから、所論の如く、同会社の資本及び運営資金等の殆んどを実質上被告人が保有していたとしても、このことは右のように認定するについての妨げとはならない。してみると、右両会社は互に事実関係を異にするのであるから、原判決が異別な取扱をした結果になつたとしても、これを不合理なものということはできない。

3  さらに、所論は、昭和精工の簿外預金が石川証券の貸付資金に流用されたことについて、昭和精工と被告人との間に貸借契約の締結された事跡を認むべき証拠はないから、右資金による収入は、昭和精工に帰属するものとはいえても、被告人の所得というを得ない旨主張するが、右簿外預金が現実に石川証券名義による貸金営業の資金へ導入されたことは確認され、且つこれによる収入の一部を被告人の所得と認定すべきことは上叙のとおりであるから、そうである以上、所得の帰属についての判定に関する限り、右の資金導入についての法律関係が分明でない点は(その解決は、自ら別個の問題に属する。)結論に消長を来たすものではないということができる。したがって、右主張も理由がない。

その他、所論は、一に関し縷々原判決の結論を批難するけれども、いずれも独自の見解に基くものであつて、当裁判所のにわかに賛同し難いところである。

二について

所論主張の各貸倒れ債権について、貸倒れの事実発生の有無、その時期(昭和三二ないし三三年中に発生したものか否か)、その金額等を証拠に照らして検討するに、所論援用の弁護人提出にかかる各証拠物によるも、いまだ原判示各所得金額から控除すべき貸倒れの発生した事実ないしその金額を認定するに足らず、他にこれらを認定するに足る信用すべき証拠資料は存しないから、結局所論を採用して原審の認定を左右するに由がない。

以上説示のとおりであり、原判決には所論指摘のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点量刑不当の主張について

所論は、要するに原審の量刑は重過ぎるから不当であるというにある。

よつて審按するに、証拠によつて認められる本件各犯行の罪質、動機、態様、結果並びに被告人の年令、経歴、境遇等、ことに本件は、計画的な犯行であつて、税額の全額ないしその大部分をほ脱したものであり、且つほ脱額も多額に上ることにこれを徴すると、被告人を懲役六月及び原判示第二の(一)の事実につき罰金二〇〇、〇〇〇円、同第二の(二)の事実につき罰金四〇〇、〇〇〇円に各処し、且つ二年間右懲役刑の執行を猶予した原審の量刑は相当であり、所論のうち肯認し得る諸事情を被告人の利益に斟酌しても、なお、これを重きに過ぎるものとは認められない。論旨は採用の限りではない。

よつて、本件控訴はその理由がないので、刑訴法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島誠二 裁判官 黒木美朝 裁判官 福島裕)

控訴趣意書

被告人 浜井伍一

右被告人に対する所得税法違反被告事件について、控訴趣意書を提出する。

昭和四五年五月一五日

右弁護人 新崎武外

名古屋高等裁判所

金沢支部 御中

第一、原判決は事実の認定に誤認がある。

その理由

一、「原判決は被告人浜井伍一は貸金業を営もうと考へ、昭和三一年一月頃石川証券金融株式会社を設立し、同社名義で貸金業を営んでいたものであるが、所得税を免れようと企て、貸金事業所得については同会社の右資本金相当額のみを同会社の所得として計上し、他の大部分の所得を北国銀行等に宮崎忠夫名義あるいは架空名義で預金する等の方法で秘匿し、云々」と認定した。

原判決で明らかにされた事実は、

(イ)昭和三一年一月頃石川証券金融株式会社が設立され、

(ロ)貸金業は同社名義で貸付けされ、その資金は昭和精工販売有限会社の簿外預金及び被告人の資金が廻されていたこと、

(ハ)石川証券金融株式会社名義の右貸付金の回収されたものは同会社の代表取締役宮崎忠夫名義、あるいは架空名義で預金され、さらに同預金が新しい貸付資金となつていたこと、

等である。

二、被告人の第一の主張は石川証券金融株式会社が右貸金業を営み被告人の営業所得と認定すべきではない。

その理由

(1) この争点について原判決は

石川証券金融株式会社の設立、その経過、浜井伍一と同社との結びつき、経理上の処理について(判決書に於ける同項(1)乃至(4)援用)の事実は大要これを認める。

ところが、この事実をふまえての総合判断は論理の飛躍があり、その見解が独断といわざるを得ない。

即ち、原判決は「石川証券金融株式会社が一応法人としての形式を整え、同社名義で営業認可を取得し、かつ営業活動を行つていた点を捉え、また被告人が殊更租税回避の目的で同社を設立したとは認め難いことより見れば、同社の営業取得は同社に帰属し、従つて納税義務者は同社であると言い得なくともないが」と判断しながら、さらに前記事実をとらえてこれを否定し、被告人の所為と認定した。

(2) 原審に於いて弁護人が述べたように、法人が組邪され、その営業が法人名義で活動が行なわれた場合誰がどのような場合に法人活動を否認しうるか、原則として法形式が合法であるときはその法形式を整えた本人の意思が優先する。

ただし、所得税法が課税回避の目的で法形式がとられたとき、実質課税主義の理念のもとに例外規定を設けたに過ぎない。商法の規定に則り会社が設立された場合、(イ)資本の占有率(ロ)会社の運営資金の帰属者によつて異なるのか、原判決は石川証券金融株式会社は払込資本は実質的に全部被告人であること、運営資金は昭和精工販売有限会社の簿外預金が現わされ、かつ同社の資本の大半が被告人が保有している点を挙げて、法人の行為を否認し、被告人の営業認定の資料の一つとした。しかし国税局が、いわゆる同族会社に対する課税取扱(税率が異なる)いをしている巷の会社は殆んど実質的の資本の出損者は一、二の人が独占し、形式的には会社法の要求する数名の者の株主名義を流用しているに過ぎない。とくに石川県下の法人形式による金融業者は凡てそうだといつても過言でない。

さらに会社の資本金はその運営資金に比し僅かである。

払込資本が数千万円であり、借入金一〇〇億円に近い会社が公表されている。中小企業会社は取締役その他の借入金、金融機関の融資、一般取引先の信用で いている。金融機関の融資が多く、いわゆる 行管理の会社または借入金の貸主(大口債権者又は投資親会社)の管理、監督下で動き、運営されている会社は非常に多い。かかる会社は法人を否認し、金融機関、大口債権者又は親会社が各会社の納税義務者になるのであろうか。国税局の取扱い又は一般の考えられる義務者は決してそうではない。

資本の独占率の程度、会社の運営資金の占有者によつて法人の行為は否認されるべきでない。

それでは、会社運営につき事実上の指揮、監督する度合いを以て法人を否認し、その程度の強い者の個人行為と見るべきであろうか。それも決してそうではない。

(イ) 法人は機関により代表される。

(ロ) 機関構成員は資本ならび資金に関係なく法人を代表する。

(ハ) 会社の運営の実権は会社の資本並に資金の実力者によつて左右される。

会社即ち営利法人はその運営の実権は経済法則に因り移動する。金融資本(銀行)、独占株主、又は大口債権者によりその運営が左右される。

しかしその程度によつて、法人が否認されたり、その実力者の個人企業となるものではない。

(3) 原審は、被告人が石川証券金融株式会社の営業の実権をにぎり、営業活動が行われ、帳簿の監督が同人にあり、同社の代表取締役宮崎忠夫が形式的な地位のものであるから、石川証券金融株式会社の企業活動は被告人の個人営業に過ぎないと断定した。

しかし、前示説明のとおり会社運営の経済的力関係により、法人を否認する権限は裁判所にはない。

とくに、前記会社が存在し、同社の企業活動を認め、その企業活動の結果生じた業績の一部を会社、他の一部を被告人のものとすることは許されない。

さらに、原審のような判断ができるとするならば、

(イ) 昭和精工阪売有限会社の簿外預金はどうして同社の所得となるのか。

資本金の大半が同社の代表取締役たる被告人に属し、同社が設立され、被告人の資金より運営されていたことを認めながら、同社の簿外売上げから生じた簿外預金が同社に属し、同社を否認しなかつた理由がわからない。

同社も石川証券金融株式会社も原審認定の資料から見ればいずれも同じのである。むしろ被告人が昭和精工有限会社の代表取締役であること、同社の資本、運営資金の殆んどを保有し、かつこれに執着する支配力は石川証券金融株式会社より強いのである。ところが、原審は昭和精工販売有限会社の納税義務者は同社と認め、石川証券金融株式会社の企業活動から生じた納税義務者を被告人と認定した法的区別が理解できない。

(ロ) さらに、昭和精工販売有限会社の簿外預金が被告人の貸金業に廻つたものと認められたが、かかる事実を認定する証拠がない。

原審に於いて証拠により認定された事実は、右会社の簿外預金が石川証券金融株式会社の貸付資金に流用されていたことだけである。

もし原判決のような論法を以てすれば、昭和精工販売有限会社が貸金等を営んだと認めるべきではないか

四、第二の争点

かりに営業所得が被告人の行為として計算されるとしても、左記貸付金が貸倒れとなり、右貸金元本、並に右元本から生じた未収利息は損金として認めるべきである。

(一) 昭和三〇年度中(自昭和三〇年一一月一日至同三一年一〇月三一日)の貸倒れとなつたもの。

町田化繊株式会社元金二二五、〇〇〇円

(二) 昭和三一年度中(自昭和三一年一一月一日至同三二年一〇月三一日)の貸倒れとなつたもの。

(1) 堀貫敬一 元金 四、七〇〇円

(2) 西田佳 同金 三二、〇〇〇円

(3) 浅野良雄 同金 四三、四五一円

(4) 宮下勇二 同金 三〇〇、〇〇〇円

(5) 広瀬 同金 三六、九〇〇円

(6) 大和建設株式会社 同金 四〇、〇〇〇円

(7) 宮井 同金 五八、〇〇〇円

(8) 寺井組 同金 六三〇、〇〇〇円

(9) 竹多為治 同金一、〇一〇、六〇〇円

(10) 川端嘉一 同金 二六、三五七円

被告人が右会社から簿外預金を借受け、これを石川証券金融株式会社の宮崎忠夫をして、同社の営業と被告人の貸金等の業務を行わしめたと認めるべき何等の証拠がない。

被告人と昭和精工販売有限会社との間に消費貸借契約のせざることを原審は認め、他方石川証券金融株式会社の営業をかかる二つに区分すべき証拠はない。しかるに原審は全体の感じと文章の綾をたくみに利用し、結論を見い出した作文に過ぎない。

(ハ) 石川証券金融株式会社が同社名義にて貸出した不良債権につき、御庁に対し過去に於いて同社を原告又は債権者として民事訴訟を提起し、債権の保全を図つてきたのであるが、同じ裁判所が一方に於いて会社を認め、他方に於いてこれを否認しうることができうるであろうか。一旦会社を成立しその企業活動を始められた以上、どういう事情であろうと右会社の行為を何人といえども認めなければいけない。

ただし、前記説明のとおり所得税法に於いて課税回避の目的を以て、かかる法形式がとられたとき、右会社から徴税ができないとき、直接利得したものから税を納めさすことができるという例外を規定したに過ぎない。

三、以上争点の第一を要約すれば、被告人に営業取得を課することは許されない。それは石川証券金融株式会社が納税義務者である。

同社がその運営資金をどこから調達しようと、所得を生む基礎が会社の営業行為から生じたものは凡て会社の所得であり、納税義務者である。

所得税法第一二条は租税徴取という国家の目的からかかる規定を置いたに過ぎない。

(三) 昭和三二年度中(自昭和三二年一一月一日至同三三年一〇月三一日)の貸倒れとなりたるもの。

(1) 品川精器株式会社 元金八、五〇一、八〇二円

(2) 滝沢光機株式会社 同金一、一〇〇、〇〇〇円

(3) 加藤秀夫 同金 三〇〇、〇〇〇円

(4) 小柳武男 同金 五一九、四七八円

(5) 加藤(藤本) 同金 五六五、〇〇〇円

(6) すみれや 同金 八〇、〇〇〇円

(7) 村兄作 同金 八〇、〇〇〇円

(8) 中黒産業株式会社 同金 三〇〇、〇〇〇円

以上は昭和四〇年五月一〇日弁護人提出上申書添付書類第五号により明らかである。

右(一)記載の元金二二五、〇〇〇円と町田化繊の倒産した昭和三〇年一二月以降の未収利息。

(二)について、右元金に対する昭和三二年一一月一日以降、同三三年一〇月三一日までの未収利息。

(三)について、元金計金一一、四四六、二八〇円と右元本に対する利息は何れも昭和三二年一一月一日から入つていないので、同日から昭和三三年一〇月三一日までの未収利息を損金として計上すべきである。

以上の貸付先はいずれも倒産し、民事訴訟により回収不能と 定したもの、訴訟費用も賄いきれないため、民事訴訟の手続きができなかつたものである。

とくに品川精器株式会社は破産宣告をうけ、その債権証書は弁護人提出の証拠物により明確である。

したがつて、公訴事実の所得計算からこれを差引くべきである。

五、第三点、原判決の量刑は著るしく過重にして不当である。

かりに第二点が当該年度に於いて損金として計上できないとしても、前記記載のとおり、貸付元金ならびに未収利息はその後回収不能となつたので、右事情を酌量すべきである。

以上

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